『行動経済学の使い方』大竹 文雄 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
第7章 医療・健康活動への応用(前半)
今日から第7章「医療・健康活動への応用」に入る。健康活動は、行動経済学的なバイアスが発生しやすい。このような分野は現在の行動の結果が自分にフィードバックされるまでに時間がかかる。一般に時間的遅れを伴う分野は現在バイアスの影響を受けやすい。また、健康活動は不確実性が伴う。そのため医療・健康活動の分野では、ナッジにより人々の行動を変える効果も大きい。第7章は前半と後半に分け、前半では、がん検診の受診向上、ワクチン接種率の向上のナッジ、終末医療の選択などにかかわるナッジをまとめ、後半では、ダイエット、ジェネリック薬品への切り替え、そして臓器提供のナッジをまとめることにする。
大腸ガン検診の受診のナッジ
ここでは、まず大腸がん検診の受診率を上げるためのナッジの実験が紹介されている。八王子市では、大腸がん検診受信者への便検査キットの自動送付が行われている。そして対象者を2グループに分けて受診奨励のダイレクトメールを2種類送った。
- 今年度大腸がん検診を受診された方には、来年度も「大腸がん検査キット」を自宅へ送る(利得メッセージ)
- 今年度大腸がん検診を受診されないと、来年度は、自宅への「大腸がん検査キット」の送付をしない(損失メッセージ)
という内容であった。このメッセージは、同じ内容であるが、損失メッセージを受取った人の受診率が高かった。これは損失メッセージが、検査キットが送られてくる、という状況を参照点とするため、その水準を維持したいという気持ちが強く働くからと理解される。
ワクチン接種率向上のナッジとオプトイン・オプトアウト
次にアメリカで行われたインフルエンザワクチンの接種を向上させるためのナッジの研究が紹介されている。
この研究では、対象者を3つのグループに分けて、ワクチン接種の提供日の案内文を変更して送った。
- 接種場所と日時を掲載
- 接種場所と日時に加えて接種日の日にちを書き込むスペースをつける
- 接種日の日にちに加えて時間を書き込むスペースもつける
この結果①のグループに比べて③のグループは4%ほど接種率が高くなった。つまり、自分で予定を書き込むことが、コミットメント手段となっている。
次にインフルエンザワクチンの接種勧誘の仕方の問題についての研究が紹介されている。通常接種の勧誘の仕方は、接種可能な日時を知らせ、接種希望者が予約するか、希望した日時に接種しに行く、方法がとられる(オプト・イン)。したがって接種しないことがデフォルトで摂取することがオプション(
選択権)となっている。これに対して接種日時を予め仮決定した上で対象者に通知し、都合が悪ければ予定変更の連絡をする依頼通知とする(オプト・アウト)ことが考えられる。これはデフォルトが接種することになるが、違う日に接種、あるいは接種をしないという選択の自由も確保する。
これについて比較した研究によると、デフォルトで接種日が決められていた場合の方が、従来の通知方法に比べて接種率が10%上がった。ただし、デフォルトで接種日が決まっている場合は、71%の人が、予約変更をしないで、通知された接種日に来なかった。
終末期医療の選択
次に終末期医療の選択においてデフォルトがどのような影響を与えるかについての研究の紹介がある。
終末期医療を「延命治療」か「緩和治療」か、を選択しなければならない患者に、どちらを希望するかの事前指示書のフォーマットを3種類用意した研究である。
- 延命治療」と「緩和治療」の選択肢ボックスのどちらかにチェックを入れる。
- 同じ選択肢だが、「延命治療」のチェックボックスにチェックが入っていて、もし「緩和治療」を望む場合は、それを消して「緩和治療」にチェックを入れ直す。
- ②とは逆に「緩和治療」のチェックボックスにチェックが入っている。
この結果は、①の場合は、61%が「緩和治療」、「緩和治療」がデフォルトの③の場合は、77%がそのまま「緩和治療」そして、「延命治療」がデフォルトの②の場合は、43%しか「緩和治療」を選ばなかったというものである。
つまり終末期医療のような重要な選択においても、患者はデフォルトに影響されて選択していた。
利得フレームと損失フレーム
さらに医療者が伝えるメッセージの違い(「利得フレーム」or「損失フレーム」)による患者の意思決定の違いについての研究が紹介されている。
ここでは,がん治療に関して、治療Aの副作用などの説明と推奨される治療はAであると説明されたのち
- 「利得フレーム」:「・・・ただし、治療Aで治る確率は90%です」
- 「損失フレーム」:「・・・ただし、治療Aで直らない確率は10%です」
というフレーズが追加される。
この時、利得フレームによるメッセージを受けた人は、損失フレームによるメッセージを受けた人よりも治療Aを受けるひとの割合が大きくなる。つまり多くの人がメッセージの表現に影響される。
ここでは、さらに細かく条件を付けた研究についても紹介されている。
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