「グジャラート・モデル」と「モディノミクス」(その3)
湊 一樹『「モディ化」するインド』より

Reading Journal 2nd

『「モディ化」するインド』湊 一樹 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]

第3章 「グジャラート・モデル」と「モディノミクス」(その3)

今日のところは、“第3章 「グジャラート・モデル」と「モディノミクス」”の“その3”である。“その2は、モディがグジャラート州首相時代に行った経済改革「グジャラート・モデル」とその実態についてであった。それを受けて“その3”では、二〇一四年の総選挙で圧勝し、インドの首相になったモディが掲げた「モディノミクス」の失敗、“その4”で「顕在化する経済の停滞」についてまとめる。


「モディノミクス」の失敗

モディ政権での経済改革

二〇一四年の総選挙でBJPの優勢が伝えられると、新政権の経済改革の期待から株価は上昇した。しかし、それは期待外れだった。実際にイギリスの経済紙『エコノミスト』は、当初はモディ政権の経済改革に期待を示していたが、任期の中間地点を過ぎるころには、「要するに、インドの首相は世間でいわれているような急進的な改革者でない」という論調になり、二〇一九年の総選挙の直前には、モディ政権の経済改革は、期待外れだったと結論している。

「メイク・イン・インディア」

実際に「メイク・イン・インディア」と呼ばれる製造業振興策は、雇用創出と技術向上を目的としたが、目標の達成には程遠い状態である。

物品・サービス税(GST)

各州がバラバラに設定していた間接税を全国的に統一した「物品・サービス税(GST)」を導入したことはモディ政権の成果と言える。

しかし、二〇一七年にGSTを導入して以降、様々な問題点が表面化している。GSTでは、品目に応じて五つの税率が設定され、さらにそれが度々変更されるなど複雑で混乱を起こしやすい制度となっている。そのため、小規模業者が新制度への移行にうまく対応できずに深刻な経済的打撃を受けた

後述する高額紙幣廃止措置とともに、GSTの拙速な導入がパンデミック前のインド経済の低迷の原因だったという意見は根強い。(抜粋)

「ビジネスのしやすさ」ランキングでの大躍進

モディ政権がとくに重視したのが、世界銀行が毎年発表していた「ビジネスのしやすさ」ランキングである。このランキングの順位を引き上げることを重要視した。その結果、長年にわたって下位に沈んでいたインドは二〇一七年からトップ50を視野に入れるまでに上昇する。そしてモディ政権は、インドの順位が上がったことを自らの実績として強調した。

しかし、この世界銀行の「ビジネスのしやすさ」ランキングについては、当初からさまざまな問題点が指摘されていた。まず、規制が少ない方がよりよいビジネス環境であるという前提に対する批判があり、そのスコアの算出方法が頻繁に変更されるのは政治的バイアスによるものではないかという疑問も出ていた。さらに、スコアや順位の上昇が、必ずしも生産や投資に関する経済指標の改善と結びついていないことが明らかになる。

ビジネス環境を整えるのではなく、順位を上げるための「傾向と対策」を駆使してランキングを駆け上がっている国があるといわれていて、インドもそのひとつであった。

そして、中国やサウジアラビヤなどの一部の国が有利になるように、データが不正に改変されていることが明らかになり、世界銀行は、二〇二〇年にランキングの公表を停止した。

高額紙幣廃止

モディ政権が行った独自の経済政策のなかで、もっとも大きなインパクトをもたらしたのが「高額紙幣の廃止措置」である。これは、2016年11月8日に急遽発表されたもので、

  • 発表の翌日(11月9日)より一〇〇〇ルピー札と五〇〇ルピー札の二種類の高額紙幣の効力を廃止する
  • 旧紙幣については、12月30日までに銀行または郵便局の口座に預けらば、新たな高額紙幣に交換できる

という内容である。

その目的については、

  1. 不正にため込まれたブラックマネーの撲滅
  2. テロ活動の資金源となっている偽造紙幣の根絶
  3. キャッスレス化の促進

と説明された。

しかし、①.については旧紙幣のうち、九九・三%までが期限内に銀行に預けられ、ブラックマネーが現金のまま保管されているという政府の想定が現実離れしていることが明らかになった。②.については、数ヶ月後には精巧な偽札が出回り、そもそもインドの偽札の流通はそれほど多くないため、効果については大いに疑問が残る。③.については、高額紙幣の廃止前後で大きなトレンドの変化は見られなかった。

そして、何より問題なのが、この措置によってインド経済が大混乱したことである。モディ政権とRBIが極秘裏に進めていたため、新紙幣の供給が滞り、インフォーマル部門の労働者、小規模事業者、零細農家などの、現金しか決済手段を持たない人たちは大打撃を受けた

このような経済の大混乱を起こした措置に対して、モディ首相やBJP政権は国民からあまり非難をされることはなかった。むしろモディ首相は正しいことをしたという声が多かった。

一般市民のあいだで肯定的な意見が多かった理由を考える際に注目すべきなのが、高額紙幣の廃止措置を正当化するために政府が用いた政治的レトリックである。(抜粋)

モディ首相は、「クリーンな一般市民」と「腐敗したエリート層」を対比させ、政府・与党は「クリーンな一般市民」の味方であり、高額紙幣の廃止に反対したり、政府を批判したりするのは「腐敗したエリート層」がやることであるという、政治的レトリックを使った

このようなポピュリスト言質が多くの国民に受け入れられたからこそ、高額紙幣の廃止措置は「必要な決定」だったとい意見が大勢を占めたのだと考えられる。(抜粋)

コメント

タイトルとURLをコピーしました