『日本語の古典』 山口 仲美 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
II 貴族文化の花が咲くーーー平安時代
9 落窪物語ーーセリフから人物が見える
ずっと昔から、継子いじめの話って、世界中にあるんですね。ヨーロッパの昔話か「シンデレラ姫」さながらの話が、日本でも語られていた。(抜粋)
そう今日の話は『落窪物語』である。この話は、『枕草子』にも記載されている話である。そして、著者は、この話はとても面白いと太鼓判を押している。そして、この『落窪物語』の吸引力が一体どこにあるのかを明らかにしたいとしている。つまり、今回のテーマ、「セリフから人物が見える」ということである。では読み始めよう。
『落窪物語』は、七、八歳のころに、母を亡くし、継母に育てられた姫君の話である。継母は、姫君が結婚適齢期になっても、ぼろぼろの着物を着せて、普通の床より一段低い床の狭い部屋に住まわせた。
召使たちにも「落窪の君(=一段落ち窪んだ所に住んでいる人)」と呼ばせてさげすんだ。(抜粋)
継母は、自分の娘たちをめっぽう可愛がり、長女、次女、三女は無事に結婚し、残るは四女の姫君だけである。そして、姫君はどう見ても自分の娘よりあらゆる点で優れていて、また、姫君の母は皇族の出身、自分は大した身分の出でなく、継母のコンプレックスを大いに刺激した。
父親が姫君のボロボロの着物をかわいそうに思い、継母に古着を着せてやるように言うと、
「常に着せたつまれど、はふらかしたまふにや、飽くばかりもえ着つぎたまはぬ(=いつもお着せ申しあげるのですが、捨てておしまいなさるのでしょうか、飽きるほども着続けることがお出来になりません)」。(抜粋)
と、嘘をついて答えた。
ここで、継母は嘘をつきながらも言葉遣いは「たまふ」をつけて敬い、自分の行為に「たてまつる」という謙譲語を使ってへりくだっている。
姫君は、暇な折に覚えた裁縫もうまく、継母は、姫に寝る間も与えずに縫わせた。姫を「死んでしまいたい」と嘆き悲しむが、ひたすら耐えて生き抜く以外に方法が無かった。
このような時、姫にアコギという味方が現れる。アコギは、母親存命中からの侍女で継母により三女の召使とされてしまったが、姫君への忠誠心は変わらなかった。
そのころアコギは、自分の身分にあった帯刀(=太刀を持って警護に当たる人)の惟成と結婚した。惟成は、仕えていた道頼と乳兄弟である。そして道頼にかわいそうな姫君の話をすると、道頼は興味を示し実際に忍んで契りを結ぶ。そして、この姫君を自分の邸宅に引きとろうとしていた。
その矢先に、姫君に男がいると感づいた継母は、自分の叔父で六〇歳すぎの医者に姫君を犯させる計画を立てる。そして、姫君を物置のような部屋に幽閉した。
夜になると継母に誘導された医者が来た。姫君が恐怖のあまり胸が痛くなる。すると医者は診察を開始する。
胸かいさぐりて手触るれば、女おどろおどろしう泣き惑へど、言ひ制すべき人もなし。こしらへかねて、せめて、わびしきままに、思ひて泣く泣く、「いと頼もしきことなれど、ただ今さらに物なむおぼえぬ」といらふれば、「さや。などてかおぼすらむ。今は御代りに翁こそ病まめ」とて、抱へてをり、北の方は「典薬あり」と思ひ頼みて、例のやうに錠などもさし固めで寝にけり(=医者は姫君の胸元をさぐり肌に手を触れるので、姫君はひどく声を上げて泣き騒ぐ。でも、医者の行動を止めようとする人もいない。医者のいやらしい行為をあつかいかねて、姫君は困り果てたあげく、思いついて泣く泣く言う。「あなた様が側にいることは、本当に頼もしいことですが、今は苦しくて何も分かりません。」「そうですか、どうしてそんなにお苦しみになるのだろう。この爺があなたの代わりに病気になってあげたいものですね。」爺さん医者はそう言って、姫君を抱きかかえている。継母は、「医者がいる」と油断して、いつものように鍵をかけたりしないで、寝てしまった)。(抜粋)
アコギが錠の開いているのを見つけて、部屋に入り「胸を痛がっていらっしゃるから、胸を温める石を持ってきて差し上げたら」と爺さんに言うと、爺さんは温石を探しに部屋を出た。二人は今夜は爺さんを怒らせないようにしながら何事も無いように過ごそうと策をねり、無事にその晩を終えた。
翌日、爺さんがやってきたが、姫君は外から戸が開かないように工夫していたため、必死で戸を開けようとしても開かない。冬の寒さが爺さんの足元から這い上がっていく、
爺さんは「腹ごほぼほと鳴れば」、あわあてて尻をおさえる。そのうちに「ぴちぴちと聞こゆるは、いかなるにかあらむと疑はし(=ぴちぴちと音が聞こえるのはどういう状況なのか、不可解ですな)」。(抜粋)
爺さんは下痢をして退散してしまった。そして翌日、中納言一家は加茂の臨時祭りの見物にいった。その隙に道綱は姫君を連れ出し、無事に結婚した。
この後、著者は会話によって人物の造型がされていることを指摘して、ストーリーの展開に合わせて、その部分を解説する。
娘が男に救出されたと知った継母は、
「すやつはいづち行くとも、よくありなむや(=そいつは、どこに行っても、幸せになるもんか!)」。(抜粋)
とがなり立てる。「すやつ」などという当時の女性は決して言わないような卑俗な言葉を使っている。
そして道綱はとんとん拍子に出世し中納言一家に仕返しをする。そしてそれに気づいた継母は、
「この年ごろ、いみじき恥をのみ見せつるは、くやつのするなりけり(=この数年、ひどい恥ばかりをかかされたのは、きゃつのしわざであったよ)。」(抜粋)
と言う。この「くやつ」のほか「血あゆ(=血がしたたりおちる)」「食はす」「殺す」などの野蛮な言葉を継母は平気で口にして怒っている。
このように継母の野蛮な言葉によって粗野で攻撃的な性格の一面が造型されている、と著者は解説する。
『落窪物語』の魅力は、サスペンスに富んだ構成、スピーディで快いテンポ、リアルな場面描写、そしてセリフによって行う巧みな人物造型。それらが、読者を虜にする理由です。(抜粋)
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