『日本語のレトリック』 瀨戸賢一 著
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
パロディー ふざけて引用する(構成のレトリック2 引用で語る)
「パロディー」とは、有名な文章を引用し中身をすりかえておかしみと風刺を効かせる表現である。
著者はこのパロディーを説明するために、夏目漱石の『草枕』と郡司外史の「膝枕」(『ずいひつもどき 三等学部長』)から引用し対比させている。
夏目漱石の『草枕』の冒頭はこうである。
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角がたつ。情に棹されれば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世はすみにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引っ越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れ、画ができる。(抜粋)
これに対する郡司外史のパロディーは、
耳をほじりながら、こう考えた。
理を説けば角が立つ。情にほだされれば流される。意地になられてはおしまいだ。とかく女は扱いにくい。
扱いにくさが困じはてると、気安い女に移りたくなる。その女も扱いにくいとわかった時、あきらめが生じ、子ができる。(抜粋)
である。
パロディーは有名な作品のことばと構成をまねて茶化すが、それでいて自分の言い分も伝えている。
この後、この後著者は、井上ひさしの「ことばを撃て」(『ことば四十八手』)、清水義範の『永遠のジャック&ペティ』、さらに『サラダ記念日』(俵万智)のパロディーとして、筒井康隆の『薬菜飯店』から引用し解説している。
関連図書:
夏目漱石(著)『草枕』、新潮社(新潮文庫)、1950年
郡司外史(著)『ずいひつもどき 三等学部長』、こびあん書房、1978年
井上ひさし(著)『ことば四十八手』、新潮社、1980年
俵万智(著)『サラダ記念日』、河出書房新社、2016年
筒井康隆(著)『薬菜飯店』、新潮社(新潮文庫)、2013年
文体模写法 文体を引用する(構成のレトリック2 引用で語る)
「文体模写法(パスティーシュ)」は、文体—言葉の形—を引用して、形とは違う意味を表現する。著者は川端康成の『雪国』といくつかのパスティーシュを引用して説明する。まず川端康成のもとの文は、
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
向こう側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れ込んだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん。」
明かりをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮をたれていた。(抜粋)
である。これを淀川長治風のパスティーシュにした例を引用する(和田誠の『倫敦巴里[ロンドンパリ]』)。
トンネルを出ましたねぇ。長いですねぇ。長いトンネルですねぇ。このトンネルは、清水トンネル言いまして、長さは九千七百メートルもあるんですよ。長いですねぇ。この長いトンネルを出ますと、もう雪国ですねぇ。寒いですねぇ。雪国と言いますのは新潟県を指すんですよ。湯沢温泉が舞台になっております。娘さんが窓をあけて「駅長さあん」言いまうね、あそこの景色、きれいですねぇ。その写真、もう一回見せて下さい。ハイ、写真出ました。きれいですねぇ。撮影がいいですねぇ。カメラマンは、グレッド・トーランド言いまして、アカデミー賞を三回もとっております。上手ですねぇ。ハイ、写真ありがとうございました。(抜粋)
このように、パロディーとは違ってパスティーシュでは、内容をあまり気にせずに文体を真似することを追求する。さらに著者は五木寛之の『青春の門』、星新一のSFショートショート風のパスティーシュの例を引用する。
次に著者は厳密にはパスティーシュではないとことわったうえで、男の作家が女子高生の文体(口調)をまねて書いたものとして、太宰治の『女生徒』と橋本治の『桃尻娘』、北村薫の『スキップ』から引用して紹介している。
けさ、電車で隣り合わせた厚化粧のおばさんも思い出す。ああ、汚い、汚い。女は、いやだ。自分が女だけに、女の中にある不潔さが、よくわかって、歯ぎしりするほど、厭だ。金魚をいじったあとの、あのたまらない生臭さが、自分のからだ一ぱいにしみついているようで、洗っても洗っても、落ちないようで、こうして一日一日、自分も雌の体臭を発散させるようになって行くのかと思えば、また、思い当たることもあるので、いっそこのまま、少女のままで死にたくなる。(抜粋、太宰治『女生徒』)
あれ?北村薫って、男性なの?? 著者はこの本で北村薫の『スキップ』を何度も引用しているが・・・・・・女性作家だと思っていた。(つくジー)
関連図書:
川端康成(著)『雪国』、新潮社(新潮文庫)、2022年
和田誠(著)『倫敦巴里』、話の特集、1978年
五木寛之(著)『青春の門』
太宰治(著)『女生徒』、角川書店(角川文庫)、2009年
橋本治(著)『桃尻娘』、ポプラ社(ポプラ文庫)、2010年
北村薫(著)『スキップ』、新潮社(新潮文庫)、1995年
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