エルンスト・H・ゴンブリッチ 『若い読者のための世界史』
[Reading Journal 2nd:読書日誌]
三〇 おぞましい時代
今日のところは第30章「おぞましい時代」である。ここでは、プロテスタントとカトリックの間の戦争、つまり「三十年戦争」の話である。この戦争の結果、ドイツの国土は荒廃し、人口の半分が亡くなったとされる。
ハプスブルク家の神聖ローマ帝国皇帝はカトリック教会の再建をもくろむ敬虔なカトリック教徒だった。そして一六一八年、かねてから不満をいだいていたプロテスタントが皇帝の代議員三人をプラハの宮殿の窓から突き落とすという事件が起こった。
この事件を発端としそれ以降三十年も戦争が続くことになる。
それはもはや戦争とよべるものでなく、わずかな賃金で雇われた暴行と掠奪だけをこととする粗野な各国出身の兵たちによる、むごい大量虐殺以外の何物でもなかったからだ。(抜粋)
各国から集まったそのような傭兵は、敵だけでなく陣地を張る場所で近隣の農民のような無抵抗の人びとを苦しめた。彼らは、彼らをあまやかす将軍にただ盲目的に従った。
皇帝側のそのような将軍にヴァレンシュタインという将軍がいた、彼はその指導力と戦術で皇帝とカトリック教会側の勝利を決定づけようとした。その時に敬虔なプロテスタント王グスタヴ・アドルフに率いられたスウェーデン軍が介入してきた。スウェーデン軍の大部分はウィーン近郊まで達し、その地を徹底的に荒らす。
そしてフランスもまた戦争に加わった。このころにはこの戦争は、宗教戦争ではなくなり、フランスは自国の利益のためにカトリックの教皇軍と戦う。
その間にヴァレンシュタインは皇帝軍の将軍として越大な力を得て、独断で和議の可能性ついて敵側と話し合うほどになっていた。皇帝は彼を逮捕しようとしたが、一六三四年に友人のひとりに暗殺された。
その後も戦争は続き、村という村は焼かれ都市という都市は略奪されドイツ全土が荒野と化していった。
そして、だらだらと続く会議のすえ、一六四八年にひとつの和議に到達した。それはほとんどすべてを三〇年前の状態に戻すものであった。ただフランスの大臣リシュリューの使節だけは、ライン川沿いのドイツの城砦や都市をフランスに渡せという主張を貫いた。
ドイツはまるで砂漠のようであった。人口はほとんど半分になり、残った者たちも貧困の中で生き、多くがアメリカに向かった。そしてこの絶望的状況の中、魔術・魔女の恐怖のため大々的な魔女狩りも起こり、何百何千もの人が焼き殺られることになる。
しかし、このような民衆が迷信的になっていた時代にレオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとしたルネッサンスの思想を忘れない少数の人がいた。その中のひとりイタリア人ガリレオ・ガリレイはさまざまな自然現象を観察し研究した。
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